APRIL TRUE/エイプリルトゥルー 第5話/全7話
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APRIL TRUE ~エイプリルトゥルー~ 第5話/全7話
古新 舜
玄関に立ち、何を口実に彼に話しかけよう、チャイムの「♪」に触れかかる人差し指が同極の磁石のような振幅運動をする。やっぱりだめだ、後少しの勇気を振り絞ることができず、後ずさりをしかけた。そのとき、突然ドアが開き、大きな陰が私の前を立ちはだかった。春珂の父親――彼をこんなにも間近で見るのは初めてだった。天から大きな石で押さえつけられるかのような圧迫感――金縛りのような対峙に私は口を開けることもできずにいた。「こんばんは。隣のお嬢ちゃんだよね」その姿とは真逆の優しい声に、私を締め付けていたものがゆっくりとほどけていく。「春珂、お客さんだよ」そういうと、父親は私の横を通って、視界から消えていった。その背中は一瞬だけ春珂の姿と似ているように思えた。「どうしたんだよ」振り返ると、そこには春珂がいた。私は今自分がどうしてここにいるかという理由が頭から吹っ飛んでいた。「あのぉー」と発するとそれにかぶさるようにして「あがれよ」と春珂は言った。私はその言葉に促されるまま、家の中に入っていった。
家の中には、段ボールが山積みだった。「お父さんは?」と尋ねると「最後の挨拶に出かけた、朝まで帰ってこないって」とぶっきらぼうに返された。彼はそのまま二階にあがろうとしたが、三段くらい上ったところでそのまま階下まで下り、「俺の部屋汚いから、下で」と私の顔を見ることなく居間に通した。ひっそりとした居間には、ちゃぶ台と仏壇だけがひっそり置かれている。隣で婆ちゃんが寝ているから静かに、春珂は私にそう伝えた。
春珂と私――扇形の面積がテストの答えで出てくるような奇麗な数字にはならない微妙な鈍角の位置で俯き合う。何の言葉も存在しない重たい時間が中央のちゃぶ台にデンとあぐらをかいて座っているようだった。こうして彼と二人でいることなんて、小さい頃から何度も、何遍もあったはずなのに、今日ほど彼を見つめるのが恥ずかしい時間はなかった。
――「おまえの母ちゃんってどんな感じだ?」突拍子もない質問で重たい沈黙が突き破られる。私はその質問にすがるようにして、すぐさま答えを発した。
「私の母は……いつも笑っているような人。とにかく前向きに考えるような……」彼はちょっと微笑むと、不意に庭の方に顔を向けた。彼の後ろには、仏壇に置かれた灰色がかった若い女性の顔が見える。輪郭と口元が彼にそっくりな母親の遺影だ。「母さん、よくこの縁側からおまえんとこの冬桜観てたよ」「えっ?」窓際まで歩いて行き、ここから本当にうちの樹が見えるかを確認してみる。暗がりの中、目を凝らしてみるとピンク色の小さなつぶつぶが星空のように輝いて見える。――今年もいつの間にか咲いてたんだ。
��当小説に関するコメントは三月七日、全話終了後にお願いします)